久しぶりの小川洋子。文庫本で。
あらゆる種類の芸術家の創作活動を場を提供している「創作者の家」。そこで管理人として来訪してくる客達の世話をしている「僕」のもとに、夏のある日傷だらけの小さな生き物が現れた。僕はその動物にブラフマンと名付け共に暮らし始める。
今まではこんな作品を読んでいました。
芸術家達の集まる工房のようなアトリエのような場所。どこか外国の森の奥を連想するような描写とそこに紛れ込んだ一匹の生物。犬なのか猫なのか結局最後まで読んでも何の動物かわかりません。
登場人物も、管理人だの雑貨屋の店主だの役割や仕事はわかっても詳しい素性は明かされず、唯一名前がつけられているのは件の動物だけ。
全ての匿名性と情景に醸し出される「寓話」のような雰囲気。
著者の作品を評するコメントによく「静謐」という言葉が使われていますが、この作品でも静かで美しい文章が続きます。
特に大きな出来事が起こるわけでもなく、入れ替わり立ち替わり訪れる芸術家達の雑用を一手に引き受けながら、ブラフマンの世話を淡々と行う毎日。
しかしタイトルが示すように可愛がっていたブラフマンとの別れは唐突にやってきて、あっけないほどにあっさりと幕切れになります。
美しい描写に潜む「残酷さ」みたいなものがラストのあっけなさにじわっと表れているように感じます。個人的にはこの「毒気」のようなものを感じるところがこの著者の好きなところなんです。
あとがきによると、南仏で行われた文学祭に参加した際に本作を発想されたとかで、終始外国の田園にいるかのような錯覚に陥るのはその影響もあるのかな、と思いました。