短編集が良かった小川洋子を又読みたくなったので。今回もAudibleで。
「やさしい訴え」小川洋子 著
不実な夫との生活から逃れ山間の別荘に移り住んできた、カリグラフィーの専門家である「わたし」。突然楽器を弾けなくなった元ピアニストで今はチェンバロ製作者である新田。新田の弟子で婚約者を悲惨な形で失ってしまった薫。深い森の静かな生活の中で交流するうちに、３人の関係がゆっくりと大きく変わっていく。
以前読んだ短編はこれです。
こちらも。
クラシック音楽の知識が殆どない私にとって、滅多に行かないその類のコンサートホールに足を踏み入れたように、少し場違いで少し緊張感を伴うような不思議な感覚が読み始めにありました。
「三角関係のお話」と言うと下世話に聞こえますが、森林にある別荘が舞台で、チェンバロというクラシック門外漢には敷居の高そうな楽器を中心にストーリーが進むと何とも「非日常」。
恋愛小説なので多少生々しい表現もありますが、それも何だろう、リアルさを感じません。それでいて例えば「妊娠カレンダー」を読んだ時の特異性も感じないのは自分としては残念なところ。
不倫した夫から逃避してきた主人公、ピアニストとして挫折した男、婚約者を失った女性、いずれも俗世での苦しい経験から逃れるような暮らしで、傍目にはまるで優雅な隠遁生活のようでも、３人の微妙なバランスの上に成り立っているもの。
結局、主人公にとっては現実の苦しみから逃れて羽を休めに来た場所であり、この主人公に少々引っ掻き回されたおかげで残る二人は互いの想いに改めて気付く事が出来た、という流れに。
主人公のいささか強引な行動や「拗らせ」的な性格にもかかわらず引き際がアッサリしていて、ちょっと拍子抜けでした。いかにも「大人の女性」という印象のラストで、終始感じた物足りなさが続いたままなのが残念。
不倫だ、離婚だ、三角関係だとくるなら、このまま傷ついた女の空気を纏いつつ強気な態度で、もっと「人間の底知れぬ悪意」のようなものを見せて欲しかったと作者に期待した自分の方がよほど悪意の塊なのかも。
