「夏物語」で「乳と卵」再びとその後を

あまり得意な作家じゃない、と思っていたのに気が付いたらまた選んでいました。Audibleの気軽さも手伝っているかな。

「夏物語」川上未映子 著

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大阪の下町の貧しい環境で育ちやがて小説家を目指し上京した夏子は、一冊の小説を出したきりで生活費にも困る状況が続く中、30台も後半となる頃自分の子供に会いたいという願望を持つようになる。独身で且つ性行為が嫌いな夏子は、第三者精子提供による人工授精(AID)を妊娠方法として考えるようになる。

本作は第一部(2008年頃)と第二部(2016年夏から2019年夏)の構成となっており、第一部は「乳と卵」をリライトしたもので、第二部はそこから8年経った夏子を描いたものになっています。

ここらあたりの前情報を入れてなかったので、読み始めに「どこかで読んだ感」があったのですが、何故本作の翻訳版のタイトルが「Breasts and Eggs」なのかの謎が解けました。

「乳と卵」初見の感想「よくわからん」の一言。哺乳動物としての乳と生殖機能としての卵に向き合わざるを得ない女性の葛藤を、大阪弁のダラダラとしたしゃべくりで語られた作品は、当時「読みづらい」という印象しかありませんでした。

あれから15年ほど経ちリライトされた第一部を改めて読むと、「読むづらさ」よりも「女性の生きづらさ」が感じられました。これは単に著者の文体に慣れたから、というのもありますが、もしかしたら哺乳や生殖から御役御免となった身として客観的に読み下せたからかもしれません。

その生きづらさを抱える女性の一人である夏子が、第二部ではこれまた妊娠・出産という女性の厄介な問題に直面する、というか自ら足を踏み入れていきます。

好きな人と結婚してその人の子供を産むという「フツウ」のプロセスは祝福されて、他人の精子のみ提供してもらい人工受精するのは何故忌み嫌われるのか。

純粋に「子供が欲しい」と考えその為に手段を選ばないのは許されない事なのか。結婚して妊娠したとしてもそれは別にどうしても夫の子供が欲しかったからではなく、子供が欲しいが為の結婚だとしたら、動機は同じではないのか。どこまでなら「神の領域」を侵したことにならないのか。

改めて問われると答えに窮する問題を深くつき詰めているような本作。

AIDについて作者が恐らく詰め込んだ知識をドッと吐き散らかした印象が少々あり、加えてテンポの良い第一部に比べ第二部は冗長な感じも。

どこに持っていくのかなと思っていた着地点も「意外に想定内」で、ここは敢えて回収なしのままでも良かったのではという気にさえなりました。

作中唯一「真っ当な」意見を述べているように見受けた編集担当女性が途中病死で退場したのは残念。主人公の最終的な決断に真逆の立場から物申して欲しかったな。

好き嫌いは別としていろいろと印象に残った本作。あの大阪弁がどのように翻訳されたのか物凄く興味があり今英語版入手を検討中であります。