「プラナリア」様々な無職の人たちが登場する短編集

以前Audibleで聞いた「百年の子」を朗読された石田ひかりさんがファンと言うのを聞いて読んでみたくなった作家。直木賞受賞作を文庫本で。

プラナリア」 山本文緒 著

https://m.media-amazon.com/images/I/41IsZcJ-SBL._SY445_SX342_.jpg

Amazon.co.jp

乳がんの手術以来、体調不良のせいもあって何事にも前向きに取り組めない25歳の春香。何もかも面倒に感じ社会復帰もままならない。何かにつけて「私、乳がんだから」と開き直った態度をとる彼女に対し、普段は優しい大学生の彼氏豹介は呆れつつも関係は続いている。豹介とぶらぶら遊び歩く日々を過ごす春香だが、病院で偶然出会った永瀬という女性が店長を務める和菓子屋でアルバイトを始めることになる。

表題作を含める5作をおさめた短編集。いずれも何らかの理由で無職である人たちが描かれています(一編を除き女性が主人公)。

いずれも人間の奥底にある暗部が滲み出ている小説。悪意というのではなく、外へ向けられているというよりもむしろ自身に対して向けられている嫌悪、そしてそこから目を背けて生きていこうとするもいつの間にかそこに戻ってきてしまうジレンマ。

表題作「プラナリア」は、乳がんの為片側の乳房を除去した女性のそんな内面にスポットが当てられたお話。

右胸が無いことや乳がんである事は自分のアイデンティティーだと永瀬に話す春香。しかしその言葉通りに受けて乳がんに関する資料をダンボールで送りつける永瀬に対し怒りを募らせ遂にアルバイトを無断欠勤します。

アイデンティティー」と言いながら、実は現実を直視することを避けている春香。だから良かれと思っての永瀬の行為も鼻に付くのです。

が、この永瀬も本当に春香を思っての事なのか。「春香を気遣っている店長としての自分の行動」を自身の容姿と同様に美しいと感じての「自意識の高さからくる行為」ともとれます。何れにしてもこれが引き金となって、また社会復帰から遠のいてしまう春香は自暴自棄な生活に逆戻りします。

周囲の対応は悪意のあるものばかりでは無いのはわかりつつ、同情や憐憫で神経を逆なでされ益々やさぐれていくさまは、がん患者というセンシティブな設定で描きながら、実際は疾患の重篤さに限らず、人の普遍的なものなのかもしれません。

表題作だけでなく他編もインパクトがあったので、本作者の他の作品も続けざまに読みました。実はこれを書いている直前にも読み終えたばかり。もう新刊が望めないのが本当に残念な作家。一つずつ丁寧に読んでいき感想を書いていきたいなと思います。