エッセイも含めて何冊か読んでいる著者の、初めて面白かったぁと思えた作品。Audibleで。
東京のごく一般的な家庭、いわゆる「中流」の家の主婦である由美子。これまた一般的なサラリーマンである夫との四人家族で申し分ない生活であるが、唯一悩みの種は高校中退でアルバイト生活の息子、翔。覇気の無い息子を叱咤するつもりで怒鳴りつけるとそのまま帰って来なくなり、やっと連絡がついたと思うと現在同居中でフリーターである彼女珠緒と結婚するつもりだと言う。息子を含め自分たちの家庭が「下流」に落ちてしまうことを恐れる由美子は、何としても阻止しようと躍起に。
本作所版の発表が2010年。「派遣でも仕事があれば」と言われる現在とは単純には比較できないものの、中途半端な学歴のままバイトで食いつなぐ息子に歯がゆい思いをする母親の心情は察し得ます。
しかしこの母親自身を振り返ると、父親を早くに亡くし女手一つで育ててくれたと言う母に対する恩義と過剰なまでのリスペクトが、翻って自身の子供たちへの過度なプレッシャーに変換しているように思われます。
息子の翔の無気力な暮らしぶりと対照的な珠緒のバイタリティー。「シングルマザーの娘」と言うことでは同じ立場な筈なのに、敵対視する由美子と、(馬鹿にされた腹癒せはあるものの)奮起して頑張りを見せる珠緒。ここのところの比較の描写が面白いところ。
苦労して育ててくれた母に応えたい一心(のつもりが実は自分の虚栄心に絡みとられている)の由美子は、自分の子供たちに出来るだけ良い暮らしをさせるべく、幼少の頃から上昇志向を植え付けようとするものの、息子はその反動で逆に目標も野心もない若者に育ち、娘は自身の内面を高めるよりも外見を磨いて玉の輿になることのみに専念する娘になってしまう。何とも皮肉な結果です。
更に見下していた息子の彼女の方が、最終的には息子よりも優秀な学歴を有することになると言う結末も。
そもそも由美子が尊敬している母自身、属性や階級で評価する癖の人であったことから、その影響が由美子にも及ぼされているとも考えられますが、いくつになっても母親に依存している由美子の人となりが、子供たちに影響したのは間違いないでしょう。
あまりにも都合良く事が運ぶ珠緒の環境は少々不自然な気がするものの、テンポの良さで最後まで読みきれました。
信じられないくらいの息子の無気力さも、短期的な展望しか持ち得ないここ最近の若者の動向を見ていると、非現実的とは言えないなと感じます。
私のチョイスが悪かったのか、これまで若干「官能小説」よりの際どい描写が目立つ作品が多かった感のある本作者。しかし本作に見られるような人間の「無意識に現れる内面」の暗部みたいなものは、確かに今までも感じていた印象はあります。
持っていたイメージを少し手放して、改めてこれまでの作品を読み返してもいいかな、と思ったりしています。