「百花」

映画化もされましたね。原作をAudibleで。

「百花」 川村元気 著

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女手一つで自分を育ててくれた母親百合子との間の溝を埋められないままの一人息子泉。自身が既に結婚しもうすぐ父親になろうとする矢先、一人暮らしの百合子が認知症と診断される。母を気遣い介護するうちに、封印していた母との記憶が蘇るようになる。

徐々に病が進行し、幼女に還っていく母親を目の当たりにする泉。息子の母親への愛情の深さ故の苦しさが滲み出てくるように思われます。

几帳面で優しかった母親が少しづつ変わっていき、やがて行動も抑制できなくなるようになる変化をなかなか受け止めきれない息子としての辛さ。

軽度の認知症である親を持つ身としては介護者の、そして実際にこの百合子とそんなに歳が変わらない身としては患者本人の、それぞれの立場が身近に感じられる筋立てです。

徘徊や奇行を繰り返す母親に対峙する泉の苦労は想像に余りあるものの、実際に同居して介護する人たちからすれば、泉の優しさは現実からは程遠いものかもしれません。

それでも比較的若くして認知症になった母親と、身重の妻と仕事を抱えながらケアする息子との関わり合いや接し方の細やかな描写は、いろいろな事があっても断ち切れない親子の関係が表れているように思われます。

それだけに、かつて母親は一人息子を置き去りにして一人の男性の元へ走っていった過去という設定が何とも唐突。しかも一年で息子の元に帰ってくるのですが、母親はその空白の一年を残りの人生で埋める事で懺悔しようとし、息子は敢えてそこに触れないようにしているという、一種ギクシャクした関係を引きずっているのです。

女性としての気の迷い、いっときの過ち、何とでも解釈はできるものの、女性としての葛藤や女性目線があまり伝わってこず、この設定は必要だったのかな、といささか疑問に感じる点も。

しかし如何なる事があって結局息子を優先してきた事が息子としては尊い訳で、幾つになっても息子にとって母親というのはある種理想化されたものなのかも、とも感じました。これは娘だったら又違った捉え方になってるんでしょうかね。

何れにしても、認知症という重いテーマを扱いながら、どこまでも登場人物が優しく、情景の描写も美しいので、読後救われたような気持ちになる作品でした。