「その手をにぎりたい」

何冊目かの柚木麻子の本をAudibleで。

「その手をにぎりたい」 柚木麻子 著

https://m.media-amazon.com/images/I/41SRgAYdLRL.jpg

Amazon.co.jp

東京でOL生活をしていた24歳の青子は、都会の生活に見切りをつけ実家に戻りかんぴょう農家を手伝うことを決意。送別会にと社長に連れていってもらった銀座の高級寿司店で初めて口にした寿司の味と職人の手さばきに心を奪われてしまう。

高級寿司の味とそれを握る職人に惚れ込み、「座るだけで3万円は下らない」とされるその店に通う為に東京に留まり転職する青子。最初は連れてきてくれた社長の横でオドオドするだけだった彼女が、「他人の金でなく自腹で食べる」事をモットーに店に通い続け、やがては「常連」の風格を身に付けるようになる約10年の軌跡を、一年ごと章に分け描かれている物語。

時代は1983年から1992年。バブルで浮かれる前後の不動産業界やOL事情など、丁度大卒で働き出した頃と重なる部分も多く、懐かしい気持ちで読み進めました。関西だったので当時の銀座の状況はわかりませんが、大阪で言う北新地をイメージすれば良いのかな、と思っています。高級ホテルやレストランなど予約も取れないとされる時期から、あちこちの店で閑古鳥が鳴く状態になるまでリアルタイムで見ていたので、経済に大きく揺さぶられた都会の様子は実感が伴います。

さて、高級寿司に魅入られ職人に恋心を抱く主人公。地方出身の「おぼこい」女の子がバブルを背景に都会の女に変わっていく様が、テンポ良く描かれています。

寿司に関する描写も緻密。モデルとされている寿司店もあるそうな。

www.sushi-yu.com

上記のお店はわからないけれど、作中では職人の手から直接指で受け取り食するスタイルとされていて、これはよほど(出来上がりの味から手さばきや物腰に伴う所作に至るまで)職人として自信が無ければ出来ない手法。特に芸術品のような寿司を作り出すその手に惚れ込んでしまう主人公の気持ち、何と無くわかる気もします。

次から次へと出てくるお寿司の数々。読みながら著者の作品で同じく食べ物がたくさん出てくる作品を読んだ事を思い出しました。

https://m.media-amazon.com/images/I/81Ywp2rsMhL._SY522_.jpg

Amazon.co.jp

こちらも食べ物に貪欲な女性が主人公。テンポの良さと面白さで後半まで一気に読めたのですが、ラストで「え、そこで終わるの?」と思った事が。

今回もほぼ一気に読めて楽しかったのですが…

タイトルにある願望は願望のままであった方がスッキリしていたような気がします。件の寿司職人も無口なままでいてほしかったな、高倉健さんみたいに(古)。あくまで客と職人の立ち位置で終わらせて欲しかった。

しかし食べ物の描写は本当に秀悦。「BUTTER」の時は思わず銀座ウエストのバタークリームケーキを買ってしまいましたっけ。今回は流石に銀座には行けませんので美味しい回転寿司を探すしか無いかな。