「薬指の標本」期待していた小川ワールドに踏み入れた感じです

あぁ「小川洋子ワールド」という感じでした。文庫本で。

薬指の標本」 小川洋子 著

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清涼飲料水工場で働いていた「わたし」はサイダー製造の作業中謝って薬指の先端を切断し失ってしまう。工場を辞めたわたしは偶然見かけた求人の張り紙を見つけた町の標本室に勤めるようになる。楽譜に書かれた音、飼っていた鳥の骨、火傷の傷跡…様々な思い出の品を標本にしてほしいと持ち込む依頼人たち。わたしはそれらを受け付け、標本作業はオーナーで技術士の弟子丸が担当するが、標本室は閉ざされて作業は一切目に触れることはない。ある日わたしは弟子丸から「毎日履くように」と靴をプレゼントされ、やがてひっそりと逢瀬を重ねるようになる。

客の依頼に応じて標本を作成するという空間。そしてギリギリ最後までその作業部屋は明らかにされない世界。非常に閉ざされた世界で読者の空想(妄想?)を掻き立てられるような世界です。

これまでに触れた著者の作品の中では、「密やかな結晶」の中で主人公が捜索する物語の設定にどこか似ているな、という印象がありました。

諸々の背景はあるものの、何故か相手の意図のままに動かざるを得ない女性。

時間の経過と共に自分の意思や感情はその色合いを失われて行き、知らぬ間に愛した男の言うままに動きやがて消滅する運命…

作中顔見知りになった「おじさん」が、弟子丸からもらった靴を指して、その靴を履き続ける事は危険である旨忠告するも、結局それに従う事なく、弟子丸の元へ向かう「わたし」。

抗いがたい「何か」に引き寄せられるように導かれていく主人公。

文庫本の帯には「ひそやかな恋愛の痛み、震えるほどの恍惚」とありますが、ここから連想されるようなエロティシズムは読み取れません。

もっと淡々と、しかし撥ねつける事のできない「何か」に絡みとられていく様が、静かに描かれているように思われます。

何冊目かの小川洋子作品でごく短い作品ですが、多分想像しているところにミートするような印象だったかな、と思います。