「貴婦人Aの蘇生」古い洋館で剥製に囲まれた老女の世界を美しい文章で

気になると、同じ作家の作品が続く傾向に。今回は文庫本で。

「貴婦人Aの蘇生」 小川洋子 著

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動物の剥製を収集する趣味を持つ伯父が、ある日ホッキョクグマの剥製に頭を突っ込んだ状態で亡くなっているのを発見される。一人残されたユーリ伯母さんは広い洋館で伯父の遺した膨大な剥製の一つ一つに「A」の刺繍を施して暮らす日々。父親の急死で経済的にも困っていた大学生の「私」は、この叔母と同居し面倒を見る代わりに伯父の遺産から学費を出してもらう事に。静かなユーリ叔母さんとの暮らしに滅多に訪問者は無く、ただ「私」のボーイフレンドで強迫性障害を患うニコが訪れるだけだったが、やがて剥製売買のブローカーを裏家業とするフリーライターのオハラと名乗る男が現れ、彼との話の中でユーリ叔母さんは自分がロマノフ王朝最後の皇女アナスタシアである事を仄めかす。

ちょっと、いやかなり突飛なシチュエーションで、以前読んだ「猫を抱いて象と泳ぐ」が思い出されます。

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例えば北極熊の剥製に頭を突っ込んで絶命していたり、脳溢血で死んだ父親も発見された時には頭の上から蔵書が落ちていて「本の生き埋め」状態だったり。

ボーイフレンドのニコは、その強迫性障害の為決まった儀式を行わないとどんな扉も入れないという人物。

そして叔母さんにいたっては、古い屋敷に溢れるほどある動物の剥製に片っ端から刺繍をしていく。

かなり奇妙な設定で、これを舞台で演じたら相当面白い事になるんじゃないか、と想像してしまい、その為か読み進めていても、この独特の世界観に入り込むというよりも、一歩離れてまるで舞台を客席から眺めるような感覚がありました。

本の帯に、「ロマノフ王朝の最後の生き残りなのか?」と投げかけられていますが、サスペンスの要素は全くありません。むしろその可能性はかなり黒に近いグレーのまま物語は終わってしまいます。

人物も状況もその設定だけ取り上げてみると奇天烈もしくは薄気味悪さが勝ちそうなのに、そうはならないのがこの作者ならでは、というところでしょうか。文章はあくまで硬質で静謐。それが作者独特の世界を作り上げているように思えます。

さて、文庫本はあとがきや解説などが巻末の「お楽しみ」。本作では、東大名誉教授の藤森照信氏による解説と女優の中嶋朋子氏のエッセイが。内容を客観的に分析した解説とは対照的に、熱のこもったエッセイが印象的です。あれ、同じシチュエーションの違う作品を読まれたのでは?と思うくらいの感想がしたためられており、さすがは女優さん、表現力豊かにご自分の世界を創られているなと思いました。