「穴あきエフの初恋祭り」言葉遊びの向こう側を覗き見る読書の楽しさ

前回「エッセイ風小説」を読破(?)できたので調子に乗ってもう一冊読んでみました。短編集なので読みやすいかな、と思いきややはり手強かったな。文庫本で。

「穴あきエフの初恋祭り」 多和田葉子 著

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留学先のアメリカから就職面接の為に10年ぶりに帰国した「I(アイ)」。空港に迎えに来てくれた優子の部屋に何となく身を寄せ、久しぶりの東京の変化と中途半端だった留学に思いを馳せながら面接場所へと向かうが…(「胡蝶、カリフォルニアに舞う」)。

前回読んだのはこれでした。

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7つの短編それぞれのあらすじを書こうと試みましたが、そもそもストーリーがあるような無いような短編ばかり。その中でも最初にある「胡蝶、…」が、著者にしては珍しく「オチ」のある作品でストンとわかりやすかった印象でした。タイトルから「胡蝶の夢」を連想すればこのラストも想定内だったのでしょうが、著者の言葉遊びの世界にふらふらと迷い込むうちにそれにもなかなか気付けずにいました。

毎回「何かのついでに読む」ような気軽さとは対極にある著者の作品。それは言葉遊びの程を擁しながら、言葉に真摯に向き合い続ける彼女の姿勢が伺えるからかもしれません。

本作の巻末にある解説に、多和田葉子の言葉が引用されていました。

「文字を聞くというのは、文字を見えなくしてしまうような聞き方をするのではなくて、逆に文字の身体を耳でとらえる聞き方のことです」

そして「ダジャレ」とも評される彼女の同音異義語の扱い方についても、面白いコメントがありました。ワープロの普及による人間の想像を超えたいろいろな変換ミスによって、「言葉の隠された可能性が見えてくる」ので、この可能性に気づくことができるのは(機械ではなく)人間なのだから、「ハイテクの世界でこそどんなポエティックなチャンスも見逃さないように、たえず耳を傾け、目を大きく開いていくこと」が大切だと述べているのです。

そんな彼女の視点で作られた物語は、やはり言葉をいろんな角度から転がし切り取りつなぎ合わせ、そこから滲み出てきたものを積み重ねているかのように思われます。

思いもよらず時間をかけて読んだ今回。飛ばし読みや倍速で聞き飛ばしになりがちな中、じっくり本に向き合うのはやっぱり楽しいなと改めて感じたのでした。