「関心領域」音と映像で想像力と怖さをかきたてられる作品

公開を待っていた映画です。今日劇場鑑賞してきました。

「関心領域」

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アウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘスは妻のヘートヴィヒと5人の子供たちと共に庭とプールのある大きな家で豊かな生活を送っている。しかし壁の向こう側では毎日のように強制労働と虐殺が繰り返されており、彼はその指揮をとっていた。ある日彼の功績が評価され昇進を意味する転属が任命されるが、アウシュビッツでの暮らしに満足しているヘートヴィヒは不満を爆発させる。

収容所の隣の屋敷で平和な生活を送る一家。まるで壁一枚隔てた世界には何事も起きていないかのように…

冒頭不穏な音楽が流れるだけの真っ暗な画面で始まり、いきなり今から始まる「異様な」世界を暗示しているかのよう。

何度も予告されているように、収容所内の様子は一切映されません。その代わり昼夜を問わず遠くから罵声や悲鳴、銃声が微かではあるけれど確かに聞こえている状況が延々と続いており、それと対比するように幸福そのもののヘス一家の日常が描かれるのみ。

「何事も無いかのよう」な暮らしぶりではあるけれど、泣き止まない赤ちゃん、折角訪ねてきたのに耐えきれないように姿を消した義母、囚人の歯で遊ぶ子供、夜中に酒をあおる使用人など、知らないうちに一人一人の神経を蝕んでいるかのようです。

インテリアと庭づくりに勤しむヘートヴィヒにとっては、「幸せな家庭像」を維持する事が第一であり、そこには実は子供や夫は添え物にすぎないようにうつります。しかし彼女とてどこかで違和感を感じでいるからこそ、「贅沢な暮らしを送る所長夫人」に専念する事で異常さから目を背けていたのかもしれません。

ルドルフに至っては、冷徹な虐殺者のイメージはなく、奥さんの尻に敷かれた気弱そうな男で、そんな「フツウの」人間のような彼が残虐な行為をするのだと「想像させる」ことがこの映画の怖さなんですね。

定点カメラを配備した撮り方や赤外線カメラのような映像など、視覚に訴える絵も印象的で、全く新しい切り口で撮ろうとする制作側の意欲が感じられます。

だからなのか「映画を観ている」という感覚に最後までなれず、どこかドキュメンタリーのようで、撮影地も実際にアウシュビッツにしたというまさに「リアルさ」を追求した作品。

ハリウッド映画によくある「英語を話すドイツ人」ではなく、全編ドイツ語なのも良かった。

映画としての良し悪しを超えて、視覚と聴覚から訴えかけられた、いつまでも記憶に残る一本でした。

「お嬢さん」徹底した変態さを真面目に描いたサスペンス

パク・チャヌク監督作品を続けてアマプラで。「別れる決心」がマイルドなトーンだったので、予備知識無しで観たこちらは余計にぶっ飛んだようにみえました。

「お嬢さん」

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1930年代、日本統治下の韓国。詐欺グループに育てられた少女スッキは、詐欺師の「藤原伯爵」から、金持ちの令嬢秀子を誘惑して結婚した後精神病院に入れて財産を奪い取るという計画を持ちかけられる。これに加担することにしたスッキは、秀子が叔父の上月と共に暮らす屋敷にメイドとして入り込むことに。支配的な叔父の下屋敷を出る事も許されない生活の秀子は、やがて献身的に尽くすスッキに心を開くようになり、一方のスッキも騙す相手である秀子に惹かれていくようになる。

イギリスのミステリー小説を題材に舞台を韓国に置き換えて撮られて映画。韓国と言っても日本統治下で、且つ屋敷の主である「叔父」は日本びいきらしく、人里離れた洋館の中は日本の美術品や書物が置かれ、少し国籍がわからなくなる設定が益々怪しさを感じさせます。

更にこの書物というのが春画というか官能小説の類で、これを秀子に朗読させて男たちに聞かせるシーンなど、何処と無く「江戸川乱歩」の雰囲気も見て取れます。

映画自体は3部構成。騙し騙されで話が二転三転しラストまでコンパクトに仕上がっていて飽きさせません。

結構大胆なシーンもありちょっとびっくりするものの、(しかもその前に春画やら何やらありましたし)逆にこれくらいのエロチックさもこの監督らしさのように思われます。

「性的な解放」という点からでしょうか、「哀れなるものたち」を言及するレビューも。まぁそういう見方もできるのか。しかし「官能と奇天烈」な世界に振り切った分、本作の方がシンプルに面白いと思えます。

何れにしても韓国を含め海外から見ると、日本人って真面目そうだけど実は結構変態なのだ、ともしかしたら思われてるんじゃないか、と変な心配をしてしまいました。思い過ごしだったらいいんですけどね。

「別れる決心」密やかな大人のサスペンスロマンス

先日観た「無名」に関連してよくネットに上がっていたのが「ラスト、コーション」。同じ時代背景のスパイ物という事ですが、こちらは更に恋愛要素高めのようで、残念ながらアマプラでは視聴不可。折角なのでヒロインだったタン・ウェイ出演作品を探していると、韓国映画に出ていたんですね。気になっていた作品だったのでアマプラで鑑賞しました。

「別れる決心」

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山頂から男性が転落死する事故が発生。事故ではなく他殺の可能性を考える刑事ヘジュン(パク・ヘイル)は、被害者の妻である中国人女性ソレ(タン・ウェイ)を疑うが、彼女には当日のアリバイが。取り調べを重ねるうちにヘジュンはミステリアスなソレに惹かれていき、ソレも又ヘジュンに特別な感情を抱くようになる。やがて捜査の結果事故は自殺と見なされ、事件解決後連絡を取らずに距離を置いたままヘジュンは妻に勤務先近くに転勤となるが、そこで再婚したソレと偶然出会う。

既婚者である刑事と事件の容疑者との秘められた恋愛ドラマ。これまでもよく見られたシチュエーションではあるものの、ヒロインが中国人であるが故にダイレクトに言葉が伝わりづらい状況で、この「もどかしさ」が更にお互いの感情を濃厚にしているように思えます。

一応「殺人事件」なので謎解きは大きな要素ながら、様々な抑圧された状況下での男女二人の感情のやりとりの方に焦点が当てられているようです。

本作はパク・チャヌク監督。あの「オールド・ボーイ」の記憶からグロい描写も覚悟していましたが、そこは意外にあっさりした感じ。

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ラブシーンは殆ど無く、車の中で手が重なる場面とただ一回のキスシーンのみ。これって「花様年華」を連想させるのだけれども…

刑事役のパク・ヘイルはどこかで観たことあるな、と思ったら「殺人の追憶」で容疑者の青年役の人でした。本作では心身共に疲労した中年男性を演じていて、何処と無く佐々木蔵之介を思わせる風貌。

タン・ウェイは「魔性の女」というよりも「哀しさ」をまとった女性のイメージ。でもそれが余計に男性を惑わせた、という設定なのかもしれません。実際の彼女は現在女優は「副業」で子育てしながら農業を中心に生活しているそう。あぁだから「生活感」が漂っているのかな、とも。本作を観て、かえって彼女が昔演じた「男性を惑わせる女スパイ」を観てみたくなりました。

「無名」久々トニー・レオンでスパイ映画を

観たかった一本。やっと行ってきました!

「無名」

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第二次世界大戦下の上海。汪兆銘政権国民党の政治保衛部のフー(トニー・レオン)は、従兄で上司のタンと共に上海に駐在する日本軍スパイ渡部(森博之)と戦局について情報交換しつつ、部下のイエ(ワン・イーボー)やワンに諜報活動の指示を出す。一方イエは渡部とも繋がる二重スパイでもあったが、婚約者であり共産党スパイでもあるファンはそんな彼を許さず、祖国の為あくまで日本人と戦うとしイエに別れを告げる。やがて戦局は悪化し日本と中国の関係も変化していく。

戦時下の上海で、国民党、共産党そして日本軍のそれぞれのスパイたちが攻防を繰り広げるサスペンスストーリー。騙し騙され、誰が味方で誰が敵なのか最後までわからない筋書きになっています。加えて物語が時系列ではなく、過去と現在を行き来し(わざと)過去に戻ってもう一度同じセリスを喋らせるような演出になっており、最初は若干「迷子」になりそうになるのですが、バラバラに見えたものの一つ一つ伏線が回収されていくのがわかります。

時代背景を考えると中国映画だけに、日本軍が殊更悪く描かれるのでは、と危惧していましたが、(まぁ確かにえげつないシーンは多々あったものの)そこらあたりは必要最低限に留めたかな、と思われます。レビューにはいろいろとあるようですが、最終的に「中国共産党」推しな話ではあるけれど、そこまでプロパガンダの匂いは感じませんでした(感じないようにしているのがプロパガンダなのかもしれませんが)。

全体的に画面のトーンは暗め。抑圧された緊張感や瓦礫の中の状況など重たい場面がありつつも、額縁を見るような画面構成の美しさも感じられ、「スパイ・ノアール」と評されるのもわかる気がします。

北京語、上海語、広東語と入り乱れていたらしく(こちらは全く区別がつきませんでしたが)、日本人の日本語に中国人が中国語で返すという会話はやや違和感がありながらも、変に吹き替えるより余程自然かもしれないな、とも。

久しぶりにスクリーンで見たトニー・レオン。やっぱり年とったかなと思ったけれど、余裕の笑顔で相手を騙すスマートさ。若手のワン・イーボー相手に長々格闘したり、キスシーンまでやりこなし、もう60歳超えてるとは思えない活躍ぶり。あぁまだまだ健在で嬉しくなりますね。

そのW主演のワン・イーボー。実は全然知らなかったのだけれど最近ドラマなどで人気急上昇とか。本作では上海語と日本語を使い、感情の起伏がない役だったけれど抑えた表情がとても良かったと思います。これを機に中国ドラマも観てみようかな、と。早速アマプラ、チェックしておきましょう。

ところで今回何も情報得ずに観たのですが、鑑賞後ネットなどで予告編を見るとネタバレ、とは言わずとも、ここは知らない方がいいのではと思われるシーンが使われていたような(個人の意見です)。何も見ないで行ってわからなければ2度見る、というのが「正しい」見方かもしれません。

 

「シンジケート」新装版で30年前の記憶を辿りながら楽しむ歌集

先週末、YouTubeチャンネルをフォローしている有隣堂伊勢佐木町本店に。何処と無く古さを感じるビルの佇まい。しかし昔のビルの方が断然クラシックで良かった、という話をYouTubeでしていました。一部でも復刻してほしいものです。

その有隣堂チャンネルで取り上げられていた一冊を購入してきました。

「シンジケート」 穂村弘 著

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現代短歌を代表する歌人穂村弘が30年以上前に出したデビュー歌集の新装版。プラスチックのカバーがついたお洒落な装丁に惹かれて思わず手に取ってしまいました。

紙の本をこよなく愛する又吉直樹センセイが、実際に伊勢佐木町本店に出向いて本についてあれこれ語る回。こちらで又吉氏が「是非読むべき本」と言って勧められていたのが本作です(これ以外にも色々と面白かった回でした)。

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ちなみに又吉回は以前にも取り上げています。

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さて、本歌集「シンジケート」。1990年に著者が自費出版した時と載せられた短歌自体は改変されていないのだそう。歌に散りばめられた言葉を追っていくだけで、80年代後半学生から社会人になった頃のまだ「浮かれていた」世の中で、何も持たない自分でさえも「ここではないどこか」なら「何者かになれるのではないか」などと思っていた記憶がすーっと蘇ってきそうです。

今また短歌ブームとかで、見慣れるようになった現代口語による短歌も、この人がいなければこれほど広まることはなかったでしょう。

センスある装丁に軽快なワード、そしてそれに反するような意外に「暗さ」が見えるような歌。改めて加えられたあとがきも含め、ほとんど初めてと言っても良い著者の作品ながら、多分繰り返し開く事になりそうなので、(ちょっとお高めでしたが)良い買い物だったな、と我ながら思うのでした。

キャンディの包み紙に見立てた「おまけ」が付いています。三種類あるそうで私のは赤のストロベリーでした。こんな遊び心まで「粋な」作品ですね。

 

「M3GANミーガン」暴走するハイテクAIロボット

昨年のみうらじゅん賞受賞作!興味半分での鑑賞でしたがなかなか面白かったです。アマプラで。

「M3GAN ミーガン」

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おもちゃ会社の研究者であるジェマは、交通事故で突然両親を亡くした姪のケイディを引き取る事に。子供の扱いに慣れていない独身女性のジェマだが、自身が独自で開発したAI人形「M3GAN(ミーガン)」にケイディの世話を徹底させるプログラムをインプット、期待以上のパフォーマンスを見せるミーガンに気を良くしたジェマは、上司にミーガンを最新商品としてプレゼンし、社内で正式な商品としての開発を承認される。一方、ケイディの世話・保護を徹底するあまりミーガンの行動は次第に暴走し始める…

AIロボットが引き起こすスリラー。幼いケイディを守るようにインプットされた事によるAIの過激化がストーリーに。

これまでもロボットの暴走がテーマとなる映画は幾つかあったと思いますが、その多くはロボット対人間のような図式だったと記憶しています。それに対し本作は、(徐々に逸脱していくものの)ロボットのミッションはあくまで少女を守るということ。それ故少女はロボットに過剰に依存していくのです。

暴走するロボットにより幾人も犠牲になっていくとは言え、思っていたよりも描写はマイルド。さほど「グロい」シーンは無く、「ファミリー向けホラー映画」の仕上がりになっています。そういう意味ではさほどミーガン自体は怖いものではありません。

むしろ「育児をサポートサービスするロボット」とは名ばかりで、実際には育児の大半をロボットに押し付け、厄介なしつけやコミュニケーションさえも放棄しようとする人間側に妙なリアルさを覚えて、空恐ろしさを感じます。

そもそもこのケイディは、両親が健在な時から学校に行かずに自宅学習していた子供だったようで、この事からもより繊細な配慮が必要な少女であることは容易にわかるはず。しかし仕事を優先するジェマには、両親を亡くしたばかりの姪の深い心の痛みへの思いやりや愛情が欠落しています。

「たまたま」犠牲者が出たからミーガンの危険性が表面化したものの、もしこのまま表面的に平穏に過ごしていたら…急速に依存していた少女はどのように育っていったのか。

後半ミーガンと対決する姿勢を見せる少女ケイディ。勇敢ながらもその冷ややかな表情がロボットよりも恐ろしく感じました。

ハッピーエンドのような結末だけれども、この叔母と姪っ子が幸せに暮らす絵が全く思い浮かばず、そんなところまでが不穏で映画としては良かったのかもしれません。

 

 

「スピノザの診察室」哲学書を愛読する実直な医師の姿

「医療もの」というよりも人間ドラマが主軸の小説。Audibleで。

スピノザの診察室」 夏川草介 著

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雄町哲朗は京都の地域病院に勤める内科医。かつては大学病院で多くの大手術を成功させた敏腕医師だったが、若くして亡くなった妹が残した一人息子龍之介を育てる為に現職に。日々忙しく勤務している哲朗の元に、大学准教授である花垣は愛弟子の南茉莉を研究生として送り込む。やがて茉莉は哲朗の真摯な治療姿勢に感銘を受けて行く。

20年以上医師として医療に携わって来た著者が、自らの経験を基に描いたと思われる物語。そこには著者が語るように、腹黒い権力闘争も、「帰ってこい!」と絶叫しながら心臓マッサージをする医者の姿もない。ただただ淡々と真っ直ぐに患者と向き合っている医師がいるだけです。

勿論「フィクション」なのでドラマティックに書かれている部分もあるでしょうが、患者と向き合う毎日を誇張せず描いている事が基本となっています。

スピノザ」は主人公の哲朗が傾倒する哲学者。人の生死に関わる者として常に自問自答しながら生きている彼の拠り所となっているのでしょう。

哲朗が熱く語っているスピノザ、興味本位で読みかけましたが残念ながら私にはかなり難解だったので、機会あれば再度チャレンジしてみるつもり。

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本作に先立ち発表され映画化もされた「神様のカルテ」(1館のみ)も読んでみましたが、個人的には本作の方が語り口も奇を衒った様子がなく、シンプルに響いて良かったです。

関西出身なので馴染みある京都の風景や酷暑の夏が思い出されたのも嬉しいところ。

お餅は得意では無いのだけれど、余りに主人公が力説するので食べて見たくなりました。

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長五郎餅本舗

阿闍梨餅本舗