「バリ山行」読めば自分も登ったような気になれるかも

珍しく夫が小説(東野圭吾以外)を、しかも芥川賞受賞作を買ってきたので何だろう、と思ったら案の定「バリの旅行記と思って手にしたら六甲山が出てきてハイキングブックと思って」購入したそうで。お陰で思いがけない読書となりました。

「バリ山行」 松永K三蔵 著

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内装リフォーム会社から建物外装修繕専門の会社に転職してきた波多。共働きの妻とまだ幼い子供との3人暮らしで元々人付き合いが苦手で仕事が終われば家に直行していたが、同僚に誘われ六甲山登山に参加することに。やがてグループは「登山部」となりほどほどの親睦を深める気軽な活動として続けていたが、ある日職場で変人扱いされるベテラン社員妻鹿がこの登山部の誘いに応じ同行することとなる。妻鹿は実は登山経験者で通常の登山道に従わず薮を掻き分け道なき道を自力で切り開く「バリ」を好む人だった。

「バリ」とはバリエーションルートの事。整備された登山道とは「敢えて」別のルートを自ら切り開く登山なのだそう。

本書にもあるように事故などの危険性を指摘する声も多く批判的な意見もあることから、必ずしも推奨されるような登山方法ではないようなのですが、この「道無き道を進んでいく」というのは、まるで「ジャングルの開拓者」のような響きで上級登山者にとってはちょっとした冒険心を誘われるのでしょう。

実生活ではリストラによる転職、そしてその転職先での経営不振とあまり良好と言えない状況の主人公も、この「非日常」への興味本位から妻鹿の「バリ」山行に同行することに。

この波多と妻鹿の「バリ」道中、想像以上に妻鹿の達人ぶりと想像通りの波多の狼狽えぶりが対照的でテンポも良く声を出して笑ってしまうほどでした。

しかし実は本書、二人のバリ山行自体をメインにしながら、社内のサラリーマン事情など周辺描写の方がページ配分されているんですね。

「人生と山登りは似ている」と良く言われ少々使い古された概念ではあるものの、会社人生と山をオーバーラップさせる主人公の悲哀は共感できます。

芥川賞受賞、ということで先入観が先立ち、バリに狂った妻鹿が山から抜けられなくなるとかサイコパスになって波多を翻弄するとか、訳のわからない顛末になることをどこかで想像しながら読み進めていたので、割とフツウに想定できるラストに少々拍子抜けの感も。

「フツウですけど何か?」と言われた気にもなって、それも含めて面白いな、と思ったのでした。