「旅する練習」自然や仏教にも触れて時間がゆっくり流れるようなロード・ノベル

先日読んだ雑誌「スピン」の中のエッセイで紹介されていた一冊。三島由紀夫賞坪田譲治文学賞を受賞、芥川賞候補にもなった作品(だったのをすみません、知らなかったのですが)をAudibleで。

「旅する練習」 乗代雄介 著

旅する練習

小説家の「私」は、コロナ禍で春休みの予定のないサッカー少女である姪の亜美(あび)と二人、千葉の我孫子からアントラーズ本拠地の鹿島を徒歩で目指す旅に出る。「私」は風景や自然の描写を、亜美はリフティングと宿題の日記を各々続けながら、途中で出会った大学生の「みどりさん」も加わり、交流を重ねていく短い旅の物語。

タイトルの「旅する練習」とは、「練習しながら旅をする」という事であり、小説家である叔父は風景デッサンを、姪はサッカーのリフティングを練習しつつ旅をすすめているという事になるのでしょう。

作中では、真言宗にある不動明王真言が随所に登場する事からも、二人の練習は何かしら「修行」の様子を漂わせます。風景や自然などの細かい背景描写に加え仏教や歴史の説明も入るものの、小学生の亜美に対して教える場面が多い為か、文体は平素で優しい雰囲気が続き、重苦しさは感じられません。

その真言を、「魔法の呪文みたいだ」と言ってリフティング前のおまじないとして唱える亜美。彼女の無邪気さや明るさが、大人たちの心を軽くしていきます。

特に途中で知り合う大学生。非常に自己肯定感の低い彼女は、常に自分に自信がなく内向的な性格なのですが、亜美との対話を通して徐々に自分の意思や決意を示す様になり、又その様子を静かに観察する「私」も姪の成長を見出すと共に、自身の中にも気づきを得るようになります。

大人二人と小学生の歩いて旅する「ロード・ノベル」。川の流れや鳥の動きまで緻密に表現されて時計がゆっくり回っている様な印象さえします。

いつもAudibleは倍速近くで聞いているのですが、本書はかなり速度を落としました。出ないと勿体ない気がしたので。出来れば視覚で(目で読んで)楽しむほうが適している作品かもしれません。

さて、どうも賛否両論のあったらしい「ラスト」。それまでの何処と無く物哀しい感じがこれでわかったような気もする一方で、それまでのふわっとした雰囲気がそこで一気に変わってしまい、何となく残念な気持ちにはなりました。

それくらいこの結末で印象が変わってしまう事は確か。じゃあ又最初から読み直さないと!と思ってしまったので、ひょっとしたらこれも作者の意図でしょうかね。。