伝説スタイリストの映画に80年代ゲイカルチャーを見る

予告編を見た時にはもっとコミカルなイメージ。予想とちょっと違っていたんですが、それでも見応えある映画でした。実在の人物をベースにした作品。シネスイッチ銀座にて。

スワンソング

引用:映画.com

昔、ヘアメイクドレッサーとして活躍していた「ミスター・パット」。ゲイである彼はパートナーを亡くし、主だった重要顧客はかつての弟子に取られ、今では老人ホームで一人侘しく暮らす日々。そんな彼に元顧客で親友であったリタの訃報と彼女の死化粧を施して欲しいとの彼女自身の遺言が届く。長年の不仲からわだかまりを持ちつつも遺言を果たすべくホームを抜け出し、リタの葬儀へと向かうパット。

ロードムービーとあったのですが長旅ではありません。オハイオ州の小さな町サンダスキーの中で繰り広げられる物語。でも外界から長らく閉ざされたホームから町の中心部への移動は、彼にとって誰よりも長い道のり。

パートナーと暮らしていた家は取り壊され更地、自分のサロンは跡形もない。華やかだった彼の姿を覚えているのは僅かな人々だけ。キャリアだけでなく「ゲイ」の在り方も時間の流れを感じさせます。

彼が活躍していたのは70−80年代。ゲイのコミュニティーも独特の世界だったのでしょう。自分のスタイルを貫き通すには相当の覚悟と勇気が必要だったはず。

一方、現代ではQueerクィア)であることが受け入れられている代わりに、サンダスキーのような小さな町のゲイコミュニティーは次第に溶け込んで無くなっていくように見える皮肉。時代の移り変わりでゲイカルチャーも変遷し、自分をどう表現していいのかわからなくなるのですね。

一旦は自分を見失いそうになりますが、昔ドラァグクイーンとしてステージに立ったゲイバーで、再びゲイの人々に囲まれ踊る中、次第に自分を取り戻していくパット。

本作は、監督自身の故郷であるサンダスキー、そしてそこでかつて出会った伝説の「ミスター・パット」とそのコミュニティーに捧げた映画と言えるでしょう。登場する町の住人の誰もが暖かい。でもパットのパートナーがAIDSで死に、リタがそれに動揺した事が疎遠となる原因である事を考えると、90年代AIDSが蔓延していた頃は相当な偏見がこの町にもあったのであろうと想像できます。

主人公を演じたウド・キアー。仕草、動き、身のこなし、話し方、全てで「年老いているけれどプライドが高く我儘だけど憎めない伝説のスタイリスト」を体現していました。